その発作はほぼ前日にやって来る。
家でダラダラと「寝る」「食べる」だけの繰り返しは苦痛でしかなく、仕事や調べもの、読書など、やりたい事は多々あれど
それらに一切手を付けたく無い日などは、拷問でしかない。特に天気が良い日には。
要はめんどくさがり屋で落ち着きが無く飽きっぽい、非常に対処に困る酷い幼児の様な31歳児なのだ。
で、あるにも拘らず、「旅」「食」「動」に関しては、どういう訳か積極的に尚かつ継続的に、取り入れたいコンテンツで
それが時には発作的な行動に現れてしまう事もしばしば。
しかしそんな発作も、当日行き当たりばったりで発症してしまうことはほぼ無く、買い物か散歩か、
とりあえず目的も無く外に出て、満足したら帰るということをしてみても、
意外とこれと言った記憶に残るものが少なく、若干時間を無駄に浪費した感覚に襲われる。
その点、前日にやって来る発作は、「明日は晴れ」「今夏最後の海」「東へはまだ自転車で向かってない」
「歌の歌詞に出て来る九十九里浜はどうだ?」「距離は今までで最長」と、一応順序建ててキーワードが浮かび、
それのおかげで目標と達成させるミッションが明確となって、より一層ワクワクドキドキ感の楽しさが倍増される。
そんな発作は思えば昔から患っていた様で、中学生の頃、隣県でもある群馬の従姉妹家族宅へ、突然自転車で訪れてみたり、
昔は大都会に見えた大宮駅目指して、国道17号をひたすら自転車で走ってみたり、
ネットで購入した折りたたみ自転車の配送先を会社にし、自宅まで乗って帰ろうとしたら、ボルトの締めが緩く途中でハンドルが外れ
乗り馴れない前傾姿勢と、景気付けで直前に食べたカレーバイキングが思いの外苦しくリバースしてみたりと、
発作の事を思い返すと、チラチラと残念な記憶もそれに付随して思い返され、ちょっぴりブルー。
もちろん自転車だけではなく、徒歩でも羽田に行ったり千葉に行ったり、うん十キロ何のその。
まぁ旅好きの延長線上では少々話が通らない節々もあったりするかもだけど、
思考回路に変な形で「楽しい」チップが取り付けられているという解釈で片付けてしまっていいかもしれない。
結局そんな発作的な行動をとって、目的地に付く達成感、更にその先の楽しさと感動は得るものの、
更にその先、走り過ぎた歩き過ぎた為にやって来る疲労と、体に対する強いダメージと苦痛。
それが幾重にも増してやって来るので、色々とその場では後悔はするものの、
次に発作がやって来る頃には、そんな事はパッと頭から消え去り、また同じ事を繰り返す羽目になる。
本当に能天気バラ色な思考回路だと自負している。
2011/09/19
発作的な行動の先には。
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