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2011/09/19

発作的な行動の先には。

その発作はほぼ前日にやって来る。

家でダラダラと「寝る」「食べる」だけの繰り返しは苦痛でしかなく、仕事や調べもの、読書など、やりたい事は多々あれど

それらに一切手を付けたく無い日などは、拷問でしかない。特に天気が良い日には。

要はめんどくさがり屋で落ち着きが無く飽きっぽい、非常に対処に困る酷い幼児の様な31歳児なのだ。

で、あるにも拘らず、「旅」「食」「動」に関しては、どういう訳か積極的に尚かつ継続的に、取り入れたいコンテンツで

それが時には発作的な行動に現れてしまう事もしばしば。

しかしそんな発作も、当日行き当たりばったりで発症してしまうことはほぼ無く、買い物か散歩か、

とりあえず目的も無く外に出て、満足したら帰るということをしてみても、

意外とこれと言った記憶に残るものが少なく、若干時間を無駄に浪費した感覚に襲われる。

その点、前日にやって来る発作は、「明日は晴れ」「今夏最後の海」「東へはまだ自転車で向かってない」

「歌の歌詞に出て来る九十九里浜はどうだ?」「距離は今までで最長」と、一応順序建ててキーワードが浮かび、

それのおかげで目標と達成させるミッションが明確となって、より一層ワクワクドキドキ感の楽しさが倍増される。

そんな発作は思えば昔から患っていた様で、中学生の頃、隣県でもある群馬の従姉妹家族宅へ、突然自転車で訪れてみたり、

昔は大都会に見えた大宮駅目指して、国道17号をひたすら自転車で走ってみたり、

ネットで購入した折りたたみ自転車の配送先を会社にし、自宅まで乗って帰ろうとしたら、ボルトの締めが緩く途中でハンドルが外れ

乗り馴れない前傾姿勢と、景気付けで直前に食べたカレーバイキングが思いの外苦しくリバースしてみたりと、

発作の事を思い返すと、チラチラと残念な記憶もそれに付随して思い返され、ちょっぴりブルー。

もちろん自転車だけではなく、徒歩でも羽田に行ったり千葉に行ったり、うん十キロ何のその。

まぁ旅好きの延長線上では少々話が通らない節々もあったりするかもだけど、

思考回路に変な形で「楽しい」チップが取り付けられているという解釈で片付けてしまっていいかもしれない。

結局そんな発作的な行動をとって、目的地に付く達成感、更にその先の楽しさと感動は得るものの、

更にその先、走り過ぎた歩き過ぎた為にやって来る疲労と、体に対する強いダメージと苦痛。

それが幾重にも増してやって来るので、色々とその場では後悔はするものの、

次に発作がやって来る頃には、そんな事はパッと頭から消え去り、また同じ事を繰り返す羽目になる。

本当に能天気バラ色な思考回路だと自負している。


2011/09/18

車道と歩道の狭間で。千葉編。

自転車専用道、歩道が自転車道を兼ねているのでココを走れ、と言われない限りは、

基本、車道の脇、所謂「路肩」を自転車では走る。

都内では、この路肩に駐停車する作業車などが非常に多い事もあってか、かなり余裕を持って整備されているので、

自転車乗りにとっては、そんな作業車前後に注意していれば快適に走る事が可能で、結構ありがたかったりする。

地方はどうか?と。国道、主要な県道もしくは市道など。

とにかくもう「罠」としか思えぬ体験ばかりする羽目になるので、もう驚きはしないし、ため息まじりの声を出さないと決めた。

片側1車線もしくは複数車線であろうと、車道の間隔が広く取られ、路肩のラインが歩道より1m近く余裕がある

そんな道は主要国道のごく一部にしか無い訳で、基本は路肩のラインは車幅ギリギリ。

バスやトラックはラインを踏んで走行というのが大半。

それでも、狭さは車側の配慮を最大限にお願いしながら走行するとして、それ以外の部分で気を付ける罠といえば、

ゴミ、砂利、砕かれたガラス、舗装状況の悪化による穴、たわみ、崩壊、夏の時期は特に危険な植物達の侵食、動物の屍骸などなど、

挙げたらキリが無さそうでキリがある罠の数々。突然迫り出す様に設置されたポールや電柱なんかもあったか。

車道の交通量が多く、歩道に人が歩いていない箇所など、申し訳ない感じで歩道を走らさせて頂くが、

そんな歩道も地方に行くと驚きの光景が広がることも。

一般的歩道は車道より1段高く、車を寄せ付けないという意味合いでそうなっているのか不思議ではあるものの、

車が出入りする箇所は車道に合わせて下がる。店舗が並ぶ箇所はこの繰り返しで上下にウネウネ。

そしてその歩道の高さも時には異様に高くなっていたりし、自転車が天高くダイブする事もある。

そんな歩道もあったかと思えば、路肩が白いラインだけになり、数m先には数mだけの歩道が突如現れ、

更にその先は草が車道をかすめるまで生い茂げ、ラインが見えないかと思えば、急に真新しい歩道が数十メートル発生するという

誰の為にどの様な理由で作られているのか不思議でならない歩道が現れる事もあれば、

歩道の先は草木が生い茂るあぜ道、砂利が敷き詰められた駐車場、といった変わり種も用意して来る。

ただでさえ普通のママチャリよりパンクし易い細めのタイヤでもあるので、走行中はほぼ目の前の真下が目線。

砂利を避け、排水溝の溝を避け、開いた穴に軽く落ち、逃げる思いで向かった歩道には無数のガラス片。

とにかく長距離を走った自分の体を労る前に、あれだけの悪路を走ってもパンクして来なかったタイヤにまずは賞賛を与えたい。

ちなみに今回は千葉県の九十九里浜まで行って来た。走行距離は今までで最長の180km。

休憩が少な過ぎた影響もあり、そんな賞賛を与えた自転車には暫く乗りたく無いと思う程疲れ果てた。そしてお尻が痛い。












2011/08/27

京浜工業地帯と地下と島。

大井町の「夏休みフェア」を離脱し、向かうは南。

「南」とアバウトではあるものの、自転車で行ける範囲なんて限られていて、しかも既に昼間の時間をかなり消費してしまったので

明るい時間帯に訪れる事が可能な場所、それが今回の「京浜工業地帯」。

と言っても、今流行?の「工場萌え」でもなく、明確には工業地帯が目的地でも無く、その先の島に用がある。

埋め立て地として造成されている川崎の工業地帯には、いくつか人口の島が存在する。

何故そんな島に興味を持ったのか。それは「メガソーラー施設」が出来たから。

次世代エネルギーのウンタラカンタラと今先端をいく技術と話題性があるものの、とにかくソーラーパネルがズラッとしかも大量に、

一面に、ギラギラと敷き詰められた様を見たーいと、そんな横しまな気持ちだけで、こんな工業地帯へとわざわざやって来た。




それはそれは異様な光景というか、何が流れているのか、距離を稼ごうとしているのか、くねりにくねった配管が

歩道の頭上に勢いよく迫って来ている光景がまずは面白い。

そこはもう工場の敷地外では?とも思えるものの、各々の煙突から排出される煙、巨大なタンク群以上に、

そんな辺りを取り巻く配管群に興味津々になりながら、とにかく工場地帯最奥へと向かう。

にしても、臭い。とにかく臭い。臭いというよりか、気が滅入る、吐き気を催す程。

薬品系の臭いなんだろうけど、風の向きが悪いのか、将又自分の鼻が敏感過ぎるのか、気分を害しそうになりつつ、

この現場で働いている人達の心中お察し申し上げたい。というか慣れなのか?





目の前に「川崎港海底トンネル」の文字。

そう、メガソーラーついでにというか、それ以上に興味をそそられたものがこちらの海底トンネル。

車道部はもちろん自転車走行不可だが、隣に人道トンネルがあり、そちらを歩行者自転車は通行が可能。

「人道トンネル」と名が付くと、関門海峡トンネルを思い出すものの、あちらは行った時期に丁度工事で通行止めだったのでまだ未体験。

そんな訳で海底人道トンネル初体験で、いざ地下へ。

公園の裏手側にひっそりと佇む、地下の駐輪場へ誘われる風な階段。壁の落書きがいかんともしがたい雰囲気を出し、

床一面に広がるセミの屍骸が何かと行く手を遮り、本当に下りていいのか?と若干躊躇する。

霊的な怖さは、まぁまぁ好きにはなれないが、隧道や廃道、廃墟等はその形状の「美」が多少なりともあるので、

暗過ぎなければOKという感覚がある。

ご多分に漏れず、こちらのトンネルは煌々と電気が点され明るい。

ただ、一定間隔で流れる「自転車は下りて通行して下さい」のアナウンスが響き渡る空間はちょっと異質。

島と島を繋ぐ海底トンネルだけあって、距離も長く、そして1度下ってそれから上る形状になっていて、

勾配もそれなりにあるので、下った先の状況が全く掴めなかったが、その先に響く子供の声とその人数に若干落胆した。

ボーイスカウト集団が大挙して通行中だった。

異質な空間と、そんな空間で身震いするぼっちを体験したい所に、楽しげにはしゃぐ子供の群れ。

「はいはいごめんなさいねー」と中央突破を敢行し、海底人道トンネル旅を半ば強引に切り上げ、階段を駆け上がった。




本来の目的「メガソーラー」は、さて?

と、辺りを見回しても、あるのは大型倉庫群と公園。

若干、「勢い」と「川崎」「島」という中途半端な記憶だけで来てしまった事で、目的地が見当たらない。

「かわさきエコ暮らし未来館」という施設から、メガソーラーを見渡す事が出来るという事だったが、

その施設の閉館時間も迫ってそうな気もし、結局またあの海底トンネルへと吸い込まれ、薬品の臭い漂う工業地帯へと戻ってしまった。

帰宅後、改めてメガソーラーの事を調べてみると、今回降り立った「東扇島」ではなく、隣の「浮島」が正解だった。

なんと言う残念なオチ。


2011/08/15

熊谷・秩父へ自転車で帰省 5日目

熊谷5日目最終日。

「帰省」らしい儀式は数時間の墓参りのみで、あとは自分の好きな様に時間を過ごしていたので、

これが正しく「実家帰り」となるのか不明だが、熊谷旅も本日が最後。東京へ向けて自転車を100km近く漕ぐだけ。

その前に、最終日にこれだけは食べておかねばと思っていたのが、地元熊谷のご当地グルメ「雪くま」。

自分が都内に出て来たここ数年の間に生まれた、開発系のご当地グルメで、熊谷の水で作った氷のかき氷らしい。そのまんま。

食べログで調べた所「慈げん」という店が高評価&ビジュアル的にイイってことで、家族に別れを告げ市街地へ。

これからまた35度近くのうだる様な暑さになる昼間にも関わらず、外には5組程の行列。

こちらは独りなので、周りからやんややんやと暑さに対する苦情を言われる事も無いので、グッと我慢をしながら列に参加。

かき氷のメニューも結構豊富で、その中でも新作の「レアチーズ氷いちごソース」にもの凄く惹かれたものの、

暑さにやられて来ると酸っぱいものが欲しくなるってことで、「和三盆レモン蜜添え」なる大人っぽい氷を注文。

行列の長さ&待ち時間&金額的にも上を行っていた、根津の「ひみつ堂」。

個人的な好みで言えば、味については熊谷のこちらの方が圧倒的に上。やはりシロップは少し濃いめの方が氷に合う。

そんな雪くまを堪能したあとは熊谷駅前を眺めつつ、景色をゆっくり堪能しながら田舎道をひたすら走る。

往路はほぼ夜だったので、景色を見れずに走っていたが、それでも行き帰りで同じ道は走りたく無い性分で、

国道17号に沿って南下をするのではなく、なるべく東へ東へと進路を取り、未知なる道を楽しむ。

そうこうしていると、大好きなソフトクリームを扱う豆腐工場に巡り会ったり、標語や絵が秀逸の看板に巡り会ったりする訳で、

全国鉄道旅を繰り返していても、駅前から徒歩or交通機関で移動出来る範囲内だけでは、出会えない景色も多く、

更にはそんな景色をじっくりのんびり見るという意味では、今回の自転車旅はいい経験だったのだと思える。





そんなこんなで、最後は幼少期(小学生入学前まで)を過ごした、東大宮の団地を見に行く事に。

つい最近の出来事も忘れがちになる昨今ではあるものの、幼い頃の記憶としても、ここの景色はかなり鮮明に覚えていて

大勢の同学年の子供達と公園や川で遊び回り、夕方になると豆腐屋がラッパを吹きながらやって来て、

家からざるを持ってよく買いに行ったもの。

団地そのものは変わっていなかったものの、あの賑やかさと騒々しさは完全に影を潜め、なんだか寂しい感じ。

あれから20年以上。思い出の景色はもっともっと増やしていきたいものだ。


2011/08/14

熊谷・秩父へ自転車で帰省 4日目

お宿「実家」に宿泊して4日目。

さすがにウザがられたりしないだろうか?と心配になりつつも、

朝7時には起床し、夜23時には寝る実家生活スタイルにもようやく慣れ始めて来た。

今日も熊谷は快晴。暑くなりそうな日曜日。

ここぞとばかりに群馬埼玉をフューチャーして来ているが、さすがに食べ過ぎ感が強めになっているのが否めないので、

ちょっとここで、別な切り口から楽しんでみる事に。

キッカケは「デイリーポータルZ」のこのページ。お隣の街、行田では埴輪作りが出来るらしいと。

元熊谷市民としても埼玉古墳群と忍城はもちろん知っていて、学校の遠足系イベントで足を運んだ事も

あったりなかったりするも、埴輪が作れる「はにわの館」の存在は知らなかった。

金額も粘土1キロ600円 or 2キロ1,000円だけ払えば、スタッフがしっかりと作り方も含めてを教えてくれるので

教室だったりに通うより断然お手軽に体験出来るのだ。

そんな訳で親から車を借り、一路行田へ。

と、その前に、熊谷から行田へ向かう国道17号バイパスには昔懐かしい「オートレストラン」が未だ残っていて、

その存在を確認すべく寄り道。

姿形は子供の頃とほぼ変わらず、店内の異様な雰囲気も昔のまま。

そんな雰囲気の中にいた管理人風のおばちゃんに、物凄い形相で睨まれた感じがしたので、

感傷に浸る間もなく写真を撮ってそそくさと退散。はにわの館へ。





時間はまだ11時前だというのに既に家族連れ10名程がいた。

自分が受付を済ますとぞくぞくと人がやって来て、全30席程の席はいっぱいに。

それでも男1人で来ているのは自分だけで、8割方子供を含む家族連れで、あとはカップルなどのグループ。

まずは自分の席に道具一色と粘土が用意され、スタッフの人の行程手順を一通り傍観。

さすが手慣れた手つき。しかし、解説にしてはちょっとスピーディー過ぎ。

目の前の子供がアワアワしているのがひしひしと伝わって来るものの、そのスピードに付いて行けてない自分自身もアワアワ。

まずは太めの輪を作り、それを整形しては上に乗せて行く作業。

作り始めは全く自信が無かったものの、目の前の親子連れに「ほら、あのお兄さんキレイに出来てるじゃない!」と、

何かと自分の作品を対象物として扱われたため、変に鼻の穴がフンフンと広がる状態に。

それでも、目の前の母親と男の子、右斜め前の祖母と女の子、共に大人から五月蝿く「こうやれ」「そこは違う」と

高圧的な上から目線の言葉を耳にしていると、何だか子供が不憫でならなかった。

もう少し子供のやりたい様自由にやらせても良いんじゃないか?と。

途中、粘土が足らなくなりそうな予感。そこで高さを方向転換してから体のバランスが崩れ、ずんぐりな体型に手が生えるという形に。

それでも、何か普通とは違う独自性を無理矢理出したかった自分は、パーツとして眉毛を追加。

これが案外成功したらしく、最終的に顔のバランスがキレイに収まった。

一通り完成すると乾燥用の棚に預け、暫しのお別れ。乾燥&焼き上がりに約1ヶ月程かかり、それを自分で引き取りに行かねばならない。

さすがに来月改めてこの為だけに実家帰りはしたくないが、約1年は保管してくれるとのことだったので、

別の何かの機会に引き取りに行くことにしよう。ということで、記念撮影をしてマイハニワと別れた。





せっかく行田まで来ているのに、はにわの館だけで戻るには勿体なかったので、古墳群、埼玉発祥の地を見学。

ゼリーフライを食べに駒形屋へ行き、そのまま鴻巣のいがまんじゅうを回収。

車を持っていた頃によく走った道を懐かしがりながら、気づけば群馬を走っていた。相変わらず好きだなー自分。





2011/08/13

熊谷・秩父へ自転車で帰省 3日目

3日目。

今日は母親と共に群馬県高崎の墓参り。

ナビも地図も積んでいない車にも関わらず、渋滞を避けるべく入った脇道が奇跡的に正解で、予想以上に早く到着した。

実は墓参り、記憶の中を辿っても、ここ数年来ていない。しかも結構な期間。

祖父が亡くなった高校以来では無いだろうと思ってはいるものの、うろ覚えで出て来る記憶はその当時のもの。

そんな記憶でお墓までやって来ると、記憶に無い景色が広がる。

ちょっと小高い所に墓地はあり、その先には上越新幹線の高架線路、更に上信電鉄の線路も交差する。

何度も訪れていたはずの場所ではあるものの、今までその存在に全く気が付いていなかったのに驚くと共に、

国鉄保線マンとして鉄道好きだったであろう祖父は、この景色を案外喜んでいるのでは?なんて思ったり。

そんな鉄道好きはしっかりと孫に引き継がれてますので大丈夫!

墓参りでそんな報告をしつつ、その後は母親を自分のご当地グルメ好きに付き合わせる形で、

オランダコロッケ@平井精肉店、安中市のタルタルカツ丼@板鼻館、伊勢崎市の餡入り焼きまんじゅう@忠治茶屋に寄り道。

旅好き度合い的には自分より上を行っているかもしれない母親も、最近は旅先で食べるご当地グルメに魅力を感じている様で

腹は苦しくなりながらも、何かとご満悦の様な感じではあった。




熊谷に戻ってからは、荒川河川敷で行われる花火大会へ自転車で。

基本、メッセージが読み上げられてから打ち上げられる花火なので、何かと間が発生し単発単発とはなるものの、

やはりサイズは大きく、迫力と共に音の振動が凄い。

そんな花火の大きさも魅力の1つではあるものの、河川敷の屋台群の数も魅力。

屋台の端から端までぐるりと回るだけでも疲れそうな距離に、びっちり様々な屋台が並ぶ。

この後夕食も控え、尚かつ1人で見に来ていることもあり、買ったのは唐揚げのみ。

皮がパリパリなそんな唐揚げを頬張りつつ、首が疲れる程の角度で花火を間近に見ていると、「少々お待ち下さい」のアナウンス。

花火は先程から一向に上がらず、何かトラブルが発生した模様?

Twitterやmixiより情報伝達の速度は速いのでは?と思われる、ご近所おばちゃんSNSによる風の便りでは「小火」との事。

確かに消防車が先程からサイレンを鳴らしながら河川敷を目指している。

そのまま自転車で移動し、荒川の中州が確認出来る橋の中央まで行ってみると、燃えてる燃えてる。

完全に小火ではなく火災。

この状態を目にした観客達は帰り支度を始め、自分もその答えに賛同とばかりに、花火開始40分程で帰ることとした。

荒川の北側に有する熊谷駅や市街地。橋を渡って南側にやって来てしまうとそこはもう一帯が喉かな田園風景で、

今の時間帯はそんな田園風景も確認出来ない程の真っ暗闇に包まれ、

ライト1本で走る自転車は道路状況を確認しつつ、物凄い勢いで体当たりして来る虫々に注意を払わないといけない。

花火の再開という情報を耳にしながらも、それどころの状況では無い。

結局、自宅で夕食を食べながら、再開した花火大会を窓越しに目にするのだった。

オランダコロッケは揚げたてじゃないと美味く無いと思いながら。




2011/08/12

熊谷・秩父へ自転車で帰省 2日目

実家に帰って翌日、2日目。

朝9時。自宅から乗って来た自転車に再度またがり、西へ進んでいた。

お盆の時期と言っても会社ごとに休みの取り方も区々であり、本日は自分以外家族全員仕事。

実家を離れ早5年半。自分の部屋は当たり前の様に既に無く、更にPCもネットも無い環境で1日過ごすのは投獄に近い仕打ちなので、

手近な観光地長瀞・秩父を目指すことにした。

車であればバイパスを脇目も振らず走り抜ける所を、自転車では田園風景が広がる旧道をのんびり走る。

学校の行事でしか乗った事の無い秩父鉄道を踏切で見送ったり、農作業中のおじいさんを遠目に見たりと道草を食いながら

寄居を過ぎ、眼前に広がる長瀞の山道に差し掛かる。

波久礼駅前から荒川に架かる橋を渡り県道へ。

天気も良く、強い日差しの中「日本一周自転車少年」の様な風貌で、初本格的な山道走行。

と言っても急激な上り下りを1本通過すれば、あとはほぼなだらかな道で、そこまで構える必要も無かった。

木々の合間合間から遠くに見える、長瀞名物「岩畳」を横目に、自宅を出て1時間半程で秩父鉄道長瀞駅に到着。






道の両脇には土産物屋が立ち並び、割り箸に刺さったきゅうり一本漬け、かき氷など、

この時期によくよく見る、「THE地方観光地の土産物屋」そのもので、この景色を見ると「あ、旅に出てる」感を堪能出来る。

そのまま土産物屋通りを抜けると、そこは名物ライン下りの発着場になっていて、炎天下にも関わらず長蛇の列が出来ていた。

1人でこの列に並ぶのは忍びないというか、「ファイトー」「イッパーツ」的な急流を

カヌーで下るラフティングの方に興味があるので、今回も長瀞ライン下りはパス。

列車の時刻を確認すべく改めて長瀞駅に戻ると、十数分後にSLパレオエクスプレスが到着するらしく駅は大混雑。

グッドタイミングではあるものの、駅舎外からの眺望がそこまで良くは無かったので、自転車走らせ隣の上長瀞駅へ移動。

向こうから黒煙を吐きつつ、ゆっくりと入線してくるSLを子供達が追いかける光景を微笑ましく思いながら

実家で毎日?毎週?遠くに聞こえていた汽笛の音を発する主を、今更になって始めて間近で見た事に気が付く。

SLの勇姿を見届け、そのまま上長瀞駅近くにある超有名店「阿左美冷蔵」へと向かう。

以前車でやって来た時は時期外れだったからか、特に行列などもなく、店内(といっても庭の一角だが)で美味しく頂いた記憶があるが

流石「秩父」=「かき氷」的な存在の店。この時期は人で溢れていた。

交通整理のおじさん曰く、「店内で食べるなら2時間待ち」との事。

山奥といっても全国最高気温を何度かマークしている熊谷に近い秩父。日も高くなりジリジリと暑さが増している中で

炎天下日なた2時間待ちとか、体力&精神力どちらにしても正直無理。

かき氷食べ放題、かき氷代を払えばビュッフェ形式のお料理が追加。

更にはかき氷を食べれば2時間並んだ事を忘れるくらい優雅そして贅沢な時間を堪能出来る。ってことであれば、

悩む要素にはなるのかもしれないが、庭先でかき氷1個食べるのに2時間はちょっと無いなーと。

そんな感じで項垂れていると、テイクアウトはすぐですの声。

見ると、行列は店内用とテイクアウト用の2列出来ていて、確かにテイクアウト用の列な長いにしても流れている。

たかがかき氷にこんなに並ぶの?熱中症で倒れたらバカらしい!と、散々嫌味を吐き出し、

女子中学生のお子様も含めた他人様家族3人の空気をことごとく悪くするお父さんを後ろに迎え、並ぶ事約20分。

山盛りになった白いかき氷を手に入れ、自分でシロップをかける。かける。かけ放題。

かき氷って、氷(水)の美味さも大事だが、それ以上にシロップの美味さも大事な訳で、ここ阿左美冷蔵はこのシロップも美味い。

そんなシロップがかけ放題って事は、店内で食べるより数段魅力的で、並ぶ時間も少ないで、満足この上なし。






三たび長瀞駅へと戻り、ここから列車移動。

実はこの秩父鉄道、自転車をそのまま電車内へ持って行ける「サイクルトレイン」を実施している。

しかも必要なのは乗車券のみで自転車はタダ。

ただ、いくつか制限もあり、周知も余りされていないからか、輪行バッグに自転車詰めて運んでいる人は数人いたものの、

自分の様に直接車内に持ち込むのは他に誰も居なかった。

(ちなみにここのページを見ると利用区間や利用時間が分かり易い)

長瀞駅から自転車と共に普通列車に揺られ、秩父の更に先、武州中川駅で下車。

目指すは重力式コンクリートダムとしては全国2番目に大きい「浦山ダム」。

ダムマニアでは無いが、その迫力と景観、ダム工事の壮大さを考えると、その魅力に多少惹かれる事も。

その昔よく足を運んだ群馬県みなかみ町にある「奈良俣ダム」は、石を敷き詰めたロックフィルダムで、見応え十分だったので

今回の浦山ダムも、大きさではかなりの物らしいのでどんな感じだろうと、わざわざ武州中川まで足を運んでみた。

田舎道を抜け、山深い奥に見えて来たダムの堰堤。

いざ目の前にしてみると、想像していたより大きさに対する迫力をそこまで感じなかったものの、

2番目に大きいということであればそれは確かに大きいのかもしれない。

それよりも気になったのが、ダム横に付けられた階段。

このジグザグに上っている階段がダムにへばり付く姿の方が興味をそそられるものの、実際に上ろうとは思わなかった。

ちなみにこのダム。堰堤の上までエレベーターで自由に行き来出来るらしいが、節電の影響でエレベーターは停止中。

だからか、観光客は自分を含め2人だけだった。









時刻は既に夕方。

腹が減ったので、事前に食べログでリサーチしていた、わらじソースカツ丼で有名らしい「安田屋」という店へ。

入店を躊躇う様な古さ漂う店構えではあったものの、食べログ点数を信じていざ店内へ。

店内はこれまた無愛想な主人?と、敬語で会話するので関係がいまいち把握出来ないおばちゃんの2人だけで、客は不在。

せっくだからと、ボリューミーな2枚乗せを注文。

カツのみで言ったら、確かに味は悪く無く、このボリュームの相乗効果でB級感たっぷりは嫌いじゃない。

が、ご飯が水分少なめなのかパサパサって美味しく無く、みそ汁は煮詰まってしょっぱい。

その部分も、お昼の時間帯を外しているからしょうがないと思っても、そもそも店内が食事をする環境になってない。

カウンターに並ぶ、ほこりを被ったフィギュアや食玩。散らばる郵便物に薬に、とにかく飲食店では必要の無い生活感が丸出し。

これにはちょっと幻滅しながら、なんとか一通り完食。さすがにカツ2枚は胃に来た。




道の駅ちちぶを経由し、帰りは国道140号をそのまま走行。

長瀞駅を過ぎた辺りからはとにかく車道が狭く、トラックも頻繁に通ることもあり心休まる事が無い。

とにかく緩やかな下りを目一杯走り抜ける事だけを考え、秩父の山を抜けたらそのままバイパス方面へ。

そして今度はたい肥の臭い地獄。永遠とその臭いが付きまとい、鼻の機能が低下するんじゃないかって程だった。

結局、実家から近いという理由で選んだ長瀞秩父ではあったものの、走行距離は昨日の江東区・熊谷間を越え、100kmになっていた。

どうりで足腰痛い訳だ。